こんにちは。
ALLアプローチ協会の山口です。
臨床で、
「体幹が弱いですね」
「インナーマッスルを鍛えましょう」
「腹横筋を使えるようにしましょう」
という言葉を聞くことがあると思います。
体幹のインナーマッスルというと、
腹横筋
を最初にイメージする人も多いのではないでしょうか。
しかし、体幹の安定性を解剖学的に考えると、腹横筋だけでは不十分です。
特に重要になるのが、
横隔膜
↓
腹横筋
↓
多裂筋
↓
骨盤底筋群
です。
これらは単純に「4つの筋肉が同時に収縮する」という話ではありません。
体幹を立体的に見ると、
上=横隔膜
前・側方=腹横筋を含む腹壁
後方=多裂筋を含む脊柱周囲筋
下=骨盤底筋群
というように、腹腔・体幹を取り囲む構造として考えることができます。
そして、このシステムには、
呼吸・腹腔内圧・脊柱制御・骨盤底機能・四肢運動
などが関係します。
今回は、単純な「インナーマッスルを鍛える方法」ではなく、
腹横筋・多裂筋・横隔膜・骨盤底筋群がどのような解剖学的位置にあり、体幹機能の中でどう協調するのか?
という視点から、セラピスト向けに詳しく解説していきます。
【①そもそも「体幹インナーマッスル」とは?】
まず知っておきたいのが、
「インナーマッスル」という名称は正式な解剖学用語ではない
ということです。
一般的には、身体の比較的深層に位置し、関節や脊柱の安定性に関与する筋群を説明するときに使われています。
体幹では、
腹横筋。
多裂筋。
横隔膜。
骨盤底筋群。
などをまとめて、
ローカルスタビライザー
あるいは、
インナーユニット
として説明することがあります。
一方で、
腹直筋。
外腹斜筋。
脊柱起立筋。
広背筋。
など、より大きな運動やトルク発揮に関係する筋群を、
グローバルシステム
として整理する考え方もあります。
ただし実際の身体では、
インナーだけで安定し、アウターだけで動く
という明確な分業があるわけではありません。
さまざまな筋が課題に応じて協調しています。
したがって、
「インナー=良い筋肉、アウター=悪い筋肉」
という理解は避けた方がいいでしょう。
【②体幹を「円柱」として考えてみる】
腹横筋・多裂筋・横隔膜・骨盤底筋群の関係を理解するには、
体幹を立体的に考えると分かりやすくなります。
イメージとしては、
一つの円柱(シリンダー)
です。
上には、
横隔膜。
下には、
骨盤底筋群。
前方・側方には、
腹横筋を含む腹壁。
後方には、
多裂筋などの脊柱周囲筋。
これらが協調することで、
腹腔内圧(Intra-abdominal Pressure:IAP)
の調節や脊柱・骨盤の安定化に関与します。
重要なのは、
この円柱は固定された箱ではない
ということです。
呼吸する。
歩く。
腕を上げる。
しゃがむ。
物を持ち上げる。
排泄する。
咳をする。
こうした動作に合わせて、
横隔膜・腹壁・骨盤底・脊柱周囲筋は常に活動を変化させています。
つまり体幹安定性とは、
「お腹をずっと固めておく能力」ではなく、状況に合わせて圧と筋活動を調節する能力
として考えることが重要です。
【③腹横筋|腹部をコルセット状に囲む深層筋】
まず、
腹横筋(Transversus Abdominis)
です。
腹横筋は腹壁筋群の中でも深層に位置します。
筋線維は名前の通り、
おおむね横方向
へ走行します。
代表的な付着部として、
下位肋軟骨内面。
胸腰筋膜。
腸骨稜。
鼠径靱帯周辺。
などから起こり、
腹部前方では、
腹直筋鞘・白線方向
へ続きます。
そのため腹横筋を単独の小さな筋として見るより、
腹壁を広く取り囲む構造
として捉えると分かりやすいです。
腹横筋の活動は、
腹腔内圧の調節。
腹壁の緊張。
腰椎・骨盤周囲の安定化。
呼吸。
四肢運動時の姿勢制御。
などに関係します。
しかし、
「腹横筋を収縮させれば腰痛が治る」
と単純化するのは避ける必要があります。
腹横筋は体幹制御システムの一部です。
【④腹横筋を見るなら「胸腰筋膜」まで見る】
腹横筋を解剖学的に見るときに重要なのが、
胸腰筋膜(Thoracolumbar Fascia)
です。
腹横筋は後方で胸腰筋膜と関連します。
そして胸腰筋膜周辺には、
多裂筋。
脊柱起立筋群。
広背筋。
内腹斜筋。
大殿筋。
など、多くの筋・筋膜構造が関係します。
つまり、
腹部前面の筋肉である腹横筋
という見方だけでは不十分です。
腹横筋の活動によって腹壁の張力が変化すれば、後方の筋膜系との力学的関係にも影響します。
体幹を評価するときは、
前だけではなく前後をセットで見る。
この視点が重要です。
【⑤多裂筋|腰椎を一つひとつ支える深層筋】
次に、
多裂筋(Multifidus)
です。
多裂筋は脊柱後面の深層に位置し、横突棘筋群の一部として分類されます。
仙骨から頸椎まで存在しますが、特に腰部では発達しています。
筋束は複数の椎骨をまたぎながら、
横突起周辺から上位椎骨の棘突起方向
へ走ります。
腰部多裂筋は、
腰椎の伸展。
回旋制御。
椎間レベルでの安定化。
姿勢制御。
などに関与します。
ここで重要なのが、
多裂筋=腰を反らす筋
だけではないことです。
大きな体幹運動だけでなく、脊柱の微細な制御にも関与します。
そのため腰痛患者を見るときにも、
単純な筋力だけでなく、
動作中に腰椎をどう制御しているのか
を見る必要があります。
【⑥腹横筋と多裂筋は「前後」でつながって考える】
腹横筋と多裂筋は、
位置だけを見ると、
腹部と背部に離れているように見えます。
しかし体幹安定性という視点では、
前方・側方の腹壁
+
後方の脊柱周囲筋
として協調して考える必要があります。
例えば腹部を強く固めても、
腰椎が過剰に伸展している。
骨盤が前方へ移動している。
胸郭が後方へ倒れている。
という状態なら、
単純に、
「腹横筋をもっと収縮させればいい」
とは限りません。
腹壁と背部筋群が、
どの姿勢・どの動作で、どの程度活動する必要があるのか
を見ることが大切です。
【⑦横隔膜|呼吸筋であり体幹機能にも関与する】
次に非常に重要なのが、
横隔膜(Diaphragm)
です。
横隔膜は胸腔と腹腔を隔てるドーム状の骨格筋です。
大きく、
胸骨部
肋骨部
腰椎部
に分けて考えられます。
腰椎部では脚(crus)を介して腰椎周辺へ付着します。
さらに横隔膜には、
大静脈孔。
食道裂孔。
大動脈裂孔。
など、重要な構造物が通過する部位があります。
神経支配は主に、
横隔神経(C3〜C5)
です。
吸気時には横隔膜が収縮して下降し、胸腔容積を増加させます。
しかし同時に、
腹腔側へ圧を伝える
ことになります。
ここが体幹安定性を考えるうえで重要です。
【⑧横隔膜が下がったとき、下では何が起こる?】
吸気によって横隔膜が下降すると、
腹腔内容物は圧迫されます。
しかし腹腔内容物は単純に消えることはありません。
そこで、
腹壁。
骨盤底。
背部。
などとの間で圧が調節されます。
つまり、
横隔膜だけが下がればいい
わけではありません。
腹壁がどう反応するか。
骨盤底がどう反応するか。
脊柱がどの位置にあるか。
こうした要素によって、
腹腔内圧の使われ方
が変わります。
そのため体幹評価で呼吸を見ることは非常に重要です。
【⑨骨盤底筋群|体幹シリンダーの「底」】
横隔膜の反対側に位置するのが、
骨盤底
です。
骨盤底には複数の筋・筋膜構造がありますが、代表的なのが、
肛門挙筋群
です。
肛門挙筋には、
恥骨直腸筋。
恥骨尾骨筋。
腸骨尾骨筋。
などが含まれます。
さらに尾骨筋なども骨盤底を構成します。
骨盤底筋群は、
骨盤内臓器の支持。
排尿・排便機能。
腹腔内圧への対応。
姿勢・体幹機能。
などに関係します。
そのため、
骨盤底筋=尿漏れの筋肉
だけではありません。
体幹機能の一部としても考える必要があります。
【⑩横隔膜と骨盤底はどう連動する?】
ここは非常に重要です。
呼吸に伴い、
横隔膜と骨盤底は圧変化に対応して動きます。
一般的な安静呼吸では、
吸気
↓
横隔膜が下降
↓
腹腔内圧が変化
↓
骨盤底も下方への圧に対応
呼気では、
横隔膜が弛緩して上昇し、
骨盤底もそれに伴って位置・活動を変化させます。
ただし、
横隔膜と骨盤底が機械的に完全同期する
と単純化する必要はありません。
呼吸の深さ。
姿勢。
運動強度。
発声。
咳。
排泄。
荷物を持つ。
などによって筋活動は変わります。
大切なのは、
横隔膜と骨盤底を別々の筋として評価しすぎないこと。
上下から腹腔内圧を調節するシステムとして見ることです。
【⑪腹腔内圧はなぜ体幹安定性に重要なのか?】
ここまでの4つをつなぐキーワードが、
腹腔内圧(IAP)
です。
体幹を円柱として考えると、
横隔膜。
腹壁。
骨盤底。
脊柱周囲筋。
が協調することで、腹腔内の圧力を調節します。
この圧力は、
脊柱を力学的に支持する一つの要素
になります。
例えば重量物を持つとき、
身体は体幹筋活動を高め、腹腔内圧も変化させながら負荷に対応します。
つまり、
体幹安定性=腹筋の強さ
ではありません。
筋活動。
呼吸。
腹腔内圧。
脊柱位置。
骨盤位置。
外部負荷。
これらを統合して考える必要があります。
【⑫「ドローイン」と「ブレーシング」は何が違う?】
体幹トレーニングでは、
ドローイン
と
ブレーシング
という言葉を聞くことがあります。
ドローインは一般的に、
腹部を軽く引き込むような運動
として用いられ、腹横筋など深部筋の活動を意識する練習に使われることがあります。
一方ブレーシングは、
腹部周囲の筋群をより広く活動させ、
体幹全体の剛性を高める
方法として使われます。
重要なのは、
どちらが絶対的に正しいかではありません。
低負荷で筋活動を学習するのか。
高負荷に耐える必要があるのか。
スポーツなのか。
日常生活なのか。
患者さんの状態によって目的は変わります。
【⑬インナーマッスルを見るなら「呼吸」を必ず評価する】
腹横筋や骨盤底を評価しているのに、
呼吸を見ていない
というケースがあります。
しかし横隔膜そのものが呼吸筋です。
だから体幹深部を評価するなら、
患者さんを仰向けにして、
胸郭はどこへ広がるか?
腹部は動くか?
下位肋骨は左右に広がるか?
吸気時に腹部を過剰に固めていないか?
呼気で力を抜けるか?
などを観察します。
さらに、
座位。
立位。
四つ這い。
スクワット。
など姿勢を変えて呼吸を見るのも有効です。
呼吸は姿勢によって変わる
からです。
【⑭「お腹を凹ませ続ける」のが体幹安定ではない】
インナーマッスルを意識すると、
常に、
「お腹を凹ませておく」
という指導になることがあります。
しかし、身体には呼吸が必要です。
腹腔内圧も常に一定ではありません。
歩行とデッドリフトでは必要な体幹剛性が違います。
寝ているときと走っているときでも違います。
つまり重要なのは、
常に力を入れることではなく、必要なときに必要な出力を作り、必要がなくなれば緩められること。
これは骨盤底も同じです。
「弱いから締める」
だけではなく、
収縮できる・緩められる・呼吸や動作に合わせられる
という視点が重要です。
【⑮体幹インナーマッスルを評価する5つの視点】
僕なら体幹深部を評価するとき、少なくとも次の5つを見ます。
①呼吸
横隔膜・胸郭・腹壁がどう動くか。
②腹壁
過剰に硬くないか。呼吸に伴って変化できるか。
③腰椎・骨盤
ニュートラルだけを押し付けるのではなく、動作中に適切に制御できるか。
④骨盤底
必要に応じて収縮・弛緩できるか。呼吸や腹圧との協調はどうか。
⑤動作
寝た状態だけではなく、
立ち上がり。
片脚立位。
スクワット。
歩行。
上肢挙上。
物を持つ動作。
などで体幹がどう変化するかを見ます。
【⑯「腹横筋が弱いから腰痛」と決めない】
腰痛患者を見ると、
「インナーマッスルが弱い」
という説明がされることがあります。
しかし腰痛は、
筋力。
運動制御。
関節。
神経。
組織損傷。
身体活動量。
睡眠。
心理社会的要因。
仕事・生活環境。
など、多くの要素が関係します。
したがって、
腰痛=腹横筋機能低下
と一対一で結びつけることはできません。
体幹深部筋は評価項目の一つとして考え、
患者さん全体を評価する必要があります。
【⑰体幹アプローチは「4つ全部を鍛える」ではない】
ここも重要です。
腹横筋。
多裂筋。
横隔膜。
骨盤底筋群。
が重要だと知ると、
「では全部鍛えればいい」
となりがちです。
しかし実際には、
過剰に緊張している。
呼吸時に力を抜けない。
必要以上に腹部を固めている。
骨盤底を常に収縮させている。
という人もいます。
その場合、
さらに収縮させることが最適とは限りません。
必要なのは、
筋力だけではなく協調性を見ること。
呼吸できる。
圧を作れる。
圧を逃がせる。
動作に合わせて剛性を変えられる。
必要がなくなれば緩められる。
この能力を含めて、
体幹機能
として考えることが重要です。
【⑱インナーユニットとアウターユニットは分けすぎない】
最後にもう一つ重要なのが、
深層筋だけで身体は動かない
ということです。
例えば歩行では、
腹斜筋。
広背筋。
殿筋群。
内転筋群。
脊柱起立筋群。
なども協調します。
スポーツや高負荷動作では、さらに多くの筋活動が必要です。
したがって臨床では、
インナーを活性化してからアウターを使う
という固定的な順序だけで考えず、
課題に応じて身体全体がどう協調しているかを見ることが大切です。
【体幹インナーマッスルを解剖学的に整理すると】
最後に4つを整理します。
【横隔膜|上】
胸腔と腹腔の境界。
主な役割は呼吸ですが、腹腔内圧や体幹機能にも関係します。
【腹横筋|前・側方】
腹壁深層を広く走行。
腹壁張力・腹腔内圧・体幹制御に関与します。
【多裂筋|後方】
脊柱後面の深層。
椎間レベルでの制御や脊柱安定性に関与します。
【骨盤底筋群|下】
骨盤出口を構成。
骨盤内臓器支持・排泄・腹腔内圧への対応などに関与します。
この4つを別々に覚えるより、
「体幹を上下・前後・側方から取り囲むシステム」
として理解すると、臨床へつなげやすくなります。
【まとめ|体幹は「腹横筋だけ」では安定しない】
今回は、
腹横筋・多裂筋・横隔膜・骨盤底筋群
を中心に、体幹インナーマッスルの解剖学について解説しました。
体幹を円柱として考えると、
上:横隔膜
前・側方:腹横筋を含む腹壁
後方:多裂筋を含む脊柱周囲筋
下:骨盤底筋群
という立体的な構造が見えてきます。
そして、このシステムに重要なのが、
呼吸
↓
腹腔内圧
↓
脊柱・骨盤の制御
↓
四肢運動との協調
です。
だから、
「腰痛だから腹横筋を鍛える」
「体幹が弱いからドローイン」
「骨盤底が弱いから締める」
だけで終わらせない。
なぜ体幹を固める必要があるのか?
呼吸と腹圧は協調しているのか?
力を入れるだけでなく、抜くこともできるのか?
静止姿勢ではなく動作中はどうなのか?
ここまで評価することが重要です。
体幹インナーマッスルを学ぶ目的は、
4つの筋肉を個別に鍛えることではありません。
横隔膜・腹壁・脊柱周囲筋・骨盤底が、呼吸や動作に応じてどのように協調しているのかを理解すること。
「筋肉」ではなく「システム」として体幹を見る。
この視点を持つことで、腰痛・姿勢・呼吸・骨盤周囲の評価やアプローチも、より立体的に考えられるようになると思います。
ALLアプローチ協会
代表 山口拓也
























