こんにちは。
ALLアプローチ協会の山口です。
臨床で、
「胸郭が硬いですね」
と言われたとき、皆さんはどこを評価しますか?
肋骨を触る。
肋間筋を緩める。
胸椎を伸展させる。
横隔膜へアプローチする。
もちろん、どれも胸郭を見るうえで重要です。
しかし胸郭は、単純な「肋骨のかご」ではありません。
胸郭には、
胸椎
+
肋骨
+
胸骨
+
複数の関節
+
呼吸筋
+
筋膜
+
神経・血管
が存在し、それらが連動することで呼吸や体幹運動を生み出しています。
さらに上方では頸椎・肩甲帯、下方では横隔膜・腹腔・腰椎・骨盤へと連続しています。
そのため、
「胸郭が硬い→肋骨を緩める」
だけでは、変化が一時的になってしまうケースがあります。
今回は胸郭アプローチを、
骨 → 関節 → 呼吸運動 → 筋肉 → 横隔膜 → 筋膜 → 神経・血管 → 評価 → アプローチ
という順番で、解剖学を中心に深掘りしていきます。
【1|そもそも「胸郭」とは何か?】
胸郭(thoracic cage)は、主に
- 12個の胸椎
- 12対の肋骨
- 胸骨
- 肋軟骨
によって構成されています。
胸郭というと「肺を守る骨格」というイメージが強いですが、実際には非常に動的な構造です。
胸郭内部には、
肺・心臓・大血管
など重要な臓器が存在します。
そして呼吸するたびに肋骨・胸骨・胸椎などが協調して動きます。
つまり胸郭は、
「臓器を保護する容器」でありながら、「呼吸によって絶えず形を変える構造」
でもあります。
ここを理解することが胸郭アプローチのスタートです。
【2|胸郭は「24本の肋骨」だけではない】
人間には通常、左右12本ずつ、合計24本の肋骨があります。
しかし、すべて同じ構造ではありません。
一般的には、
第1〜7肋骨:真肋
肋軟骨を介して胸骨へ直接連結します。
第8〜10肋骨:仮肋
上位の肋軟骨を介して間接的に胸骨側へつながります。
第11・12肋骨:浮遊肋
前方が胸骨へ連結しません。
この違いは臨床上重要です。
なぜなら、
上位胸郭と下位胸郭では構造も運動特性も異なる
からです。
胸郭を一つの塊として見るのではなく、
上位・中位・下位で分けて評価する
という視点を持っておきましょう。
【3|肋骨の後ろには「関節」がある】
胸郭アプローチで特に重要なのが、
肋骨と胸椎の関係
です。
肋骨を単独で緩めようとしても、その後方で胸椎との関節運動が制限されていれば、十分な動きを得られない可能性があります。
代表的なのが、
①肋骨頭関節
肋骨頭と胸椎椎体側の関節面との間に形成されます。
典型的な第2〜9肋骨では、肋骨頭が隣接する2椎体とその間の椎間板に関係します。
一方、第1・10〜12肋骨などでは構造が異なります。
②肋横突関節
肋骨結節と対応する胸椎横突起との間に形成されます。
ただし、
第11・12肋骨には肋横突関節がありません。
このように、同じ「肋骨」でも関節構造が異なります。
胸郭を評価するときには、
肋骨そのものの動きだけではなく、肋骨が胸椎に対してどう動いているのか
を見る必要があります。
【4|前方では胸骨との関係を見る】
肋骨の後方だけではありません。
前方では、
肋軟骨
を介して胸骨側と連結します。
ここには、
胸肋関節
などが存在します。
さらに胸骨自体も、
- 胸骨柄
- 胸骨体
- 剣状突起
から構成されています。
胸骨柄と胸骨体の境界には、
胸骨角(Louis角)
があります。
これは第2肋骨を同定するときの重要なランドマークです。
第2肋骨を基準にすれば、そこから下位肋骨を触診していくことができます。
セラピストにとって非常に重要な触診ポイントです。
【5|肋骨は呼吸でどう動く?】
胸郭アプローチを理解するには、
呼吸時の肋骨運動
を理解しておく必要があります。
教科書では代表的に、
ポンプハンドル運動
バケットハンドル運動
として説明されます。
【6|上位肋骨は「ポンプハンドル運動」】
特に上位肋骨では、
ポンプハンドル運動
として表現される動きが目立ちます。
吸気によって肋骨と胸骨が挙上すると、
胸郭の前後径
が増加します。
井戸のポンプのハンドルを持ち上げるような動きに見えることから、この名称が使われます。
ただし実際の呼吸運動は完全に一方向ではありません。
各肋骨は三次元的に動いています。
そのため、
「上位肋骨=前後方向だけ」
と固定的に覚えないことも大切です。
【7|下位肋骨は「バケットハンドル運動」】
中〜下位肋骨では、
バケットハンドル運動
として説明される動きが目立ちます。
吸気時に肋骨が挙上することで、
胸郭の左右径
が増加します。
バケツの取っ手を持ち上げるような動きです。
そして第11・12肋骨では構造が異なるため、
キャリパー運動
と表現される動きもあります。
つまり呼吸時の胸郭は、
前後径
+
左右径
+
上下方向
を含め、三次元的に形を変えています。
【8|胸郭を見るなら「胸椎」を外せない】
肋骨は胸椎と関節を形成しています。
そのため、
胸郭の可動性と胸椎運動は切り離して考えられません。
例えば胸椎伸展が制限されている人。
胸椎回旋が左右で大きく違う人。
後弯が強い人。
こうしたケースでは、肋骨運動にも影響している可能性があります。
反対に、肋骨や胸郭周囲の制限によって胸椎運動が変化していることも考えられます。
つまり、
「胸椎が原因、肋骨が結果」
と一方向に決めるのではなく、
胸椎と肋骨の相互関係
として評価することが重要です。
【9|胸郭アプローチ最大のポイント「横隔膜」】
胸郭を考えるうえで外せないのが、
横隔膜(diaphragm)
です。
横隔膜は胸腔と腹腔の境界を形成するドーム状の筋です。
起始は大きく、
胸骨部
肋骨部
腰椎部
に分けられます。
胸骨部は剣状突起付近。
肋骨部は下位肋骨・肋軟骨内面。
腰椎部は脚を介して腰椎へ付着します。
そして筋線維は、
中心腱
へ集まります。
ここが非常に重要です。
横隔膜は単純な「胸郭の筋肉」ではありません。
胸骨・肋骨・腰椎をつなぐ筋
として見ることができます。
【10|横隔膜が収縮すると何が起こる?】
安静吸気では横隔膜が主要な役割を担います。
横隔膜が収縮すると、ドームが下降します。
これによって胸腔容積が増加し、肺内圧が低下することで空気が流入します。
同時に肋骨運動も起こります。
つまり呼吸は、
「肺が勝手に膨らむ運動」
ではありません。
胸郭と横隔膜が動き、
胸腔内の圧力が変化することで換気が起こる
と考えることが重要です。
【11|横隔膜は「呼吸」だけではない】
横隔膜というと、
呼吸筋
として覚えている方が多いと思います。
しかし臨床では、
腹腔内圧
との関係も重要です。
横隔膜は、
腹横筋
多裂筋などの脊柱周囲筋
骨盤底筋群
などと協調しながら、体幹の圧調整や安定性に関与します。
そのため、
胸郭の問題=呼吸だけ
ではありません。
立位。
歩行。
挙上動作。
体幹運動。
これらの中でも呼吸と体幹制御は関係しています。
【12|横隔膜には3つの大きな通過部がある】
解剖学的にぜひ覚えておきたいのが、横隔膜を通過する構造です。
代表的なのが、
大静脈孔:T8付近
食道裂孔:T10付近
大動脈裂孔:T12付近
です。
語呂合わせで、
「I 8 10 Eggs At 12」
などと覚えることもあります。
それぞれ、
大静脈孔 → 下大静脈
食道裂孔 → 食道・迷走神経幹など
大動脈裂孔 → 大動脈・胸管など
が関係します。
横隔膜は単なる筋肉ではなく、
胸腔と腹腔をつなぐ重要な解剖学的境界
でもあります。
【13|胸郭を動かす筋肉は横隔膜だけではない】
呼吸に関係する筋肉としては、横隔膜以外にも、
外肋間筋
内肋間筋
などがあります。
さらに呼吸要求が高まると、
斜角筋
胸鎖乳突筋
なども吸気を補助します。
呼吸状態や上肢固定の条件によっては、胸郭周囲のさまざまな筋が呼吸に関与します。
ここで臨床的に重要なのが、
「首が硬いから首だけを緩める」では不十分なケースがある
ということです。
例えば胸郭の拡張が乏しく、吸気のたびに頸部の補助呼吸筋へ負担が集中している場合。
胸鎖乳突筋や斜角筋を緩めても、
呼吸戦略そのものが変わらなければ再び負担が集中する
可能性があります。
【14|斜角筋を見るなら第1・2肋骨を見る】
頸部と胸郭をつなぐ重要な筋が、
斜角筋群
です。
前斜角筋と中斜角筋は第1肋骨へ、後斜角筋は第2肋骨へ付着します。
つまり斜角筋は、
頸椎と上位肋骨をつなぐ構造
です。
ここから、
頸椎。
第1肋骨。
鎖骨。
上位胸郭。
呼吸。
肩甲帯。
を一つのエリアとして評価できます。
「首が硬い」という患者さんでも、
第1肋骨や上位胸郭の運動を評価すると別の問題が見つかる
ことがあります。
【15|胸郭と肩甲骨は切り離せない】
肩甲骨には、
肩甲胸郭関節
という言葉があります。
ただし、これは一般的な滑膜関節ではなく、
肩甲骨と胸郭との機能的な関節
として扱われます。
肩甲骨は胸郭上を滑るように運動します。
そのため胸郭の形状や運動が変われば、肩甲骨運動との関係も変化します。
上肢挙上を見るとき、
肩甲上腕関節だけを見るのではなく、胸椎・肋骨・肩甲骨を同時に評価する
ことが重要です。
例えば、
「肩が上がらない」
という患者さんに対して、肩関節だけ施術しても十分に変化しないケースがあります。
その場合、
胸椎伸展
胸郭回旋
肋骨運動
肩甲骨運動
まで評価すると原因候補が広がります。
【16|胸郭は「筋膜」でも周囲と連続している】
胸郭周囲には多くの筋・筋膜構造があります。
例えば、
胸内筋膜
胸腰筋膜
肋間筋群とその筋膜
横隔膜周囲の結合組織
などです。
さらに筋を介して見れば、
胸郭は、
頸部
肩甲帯
上肢
腹壁
腰部
などとも連続します。
そのため筋膜という視点では、
胸郭を局所だけで完結させない
ことが大切です。
ただし、
「筋膜でつながっている=離れた場所が必ず原因」
ではありません。
筋膜連続性はあくまで評価範囲を広げる一つの解剖学的視点として使うと臨床で活かしやすくなります。
【17|胸郭と腹部は「横隔膜」を境に連続している】
胸郭を評価するとき、下位肋骨より上だけを見るのはもったいありません。
横隔膜の下には、
肝臓
胃
脾臓
などがあります。
特に肝臓は右横隔膜の直下に大きく位置します。
呼吸による横隔膜運動に伴って、腹腔内臓器も位置変化します。
つまり胸郭・横隔膜・腹部は、
解剖学的にも運動学的にも関連する領域
として考えることができます。
胸郭アプローチで下位肋骨を見る場合、
横隔膜の動きや腹壁の状態まで評価する
と見えるものが増えてきます。
【18|胸郭と自律神経の関係も知っておきたい】
胸郭内部には自律神経系に関係する重要な構造も存在します。
胸椎レベルには、
交感神経幹
が椎体外側付近を縦走します。
また迷走神経は頸部から胸腔へ入り、
心臓・肺・食道などに枝を送りながら下降し、食道裂孔を通って腹腔へ向かいます。
ここで注意したいのは、
「胸郭を緩めれば自律神経が整う」
と単純化しないことです。
胸郭アプローチによる呼吸の変化、感覚入力、リラクゼーション、運動の変化などが、自律神経活動とどのように関係するのかを考える方が臨床的です。
【19|胸郭が硬い=肋骨が硬い、ではない】
ここは今回かなり重要なポイントです。
患者さんを触って、
「胸郭が硬い」
と感じたとします。
では、本当に肋骨そのものが問題なのでしょうか?
例えば、
胸椎運動が少ない。
横隔膜運動が小さい。
呼吸量が少ない。
痛みによって深呼吸を避けている。
腹壁の運動が乏しい。
肩甲帯が固定的。
頸部の補助呼吸筋を過剰に使っている。
こうしたさまざまな要因によって、
結果として胸郭運動が小さく見えている
可能性があります。
つまり、
胸郭の硬さは「所見」であって、それだけでは原因を示していない。
ここを区別することが重要です。
【20|左右差があったら「悪い側」と決めない】
例えば呼吸時に、
右下位胸郭が広がりにくい
とします。
すると、
「右肋骨が硬い」
と考えたくなります。
しかし、実際には、
胸椎回旋
体幹側屈
骨盤位置
横隔膜の活動
疼痛
呼吸パターン
などが関係している可能性があります。
さらに人間の身体には、もともと構造的・機能的な左右差があります。
したがって、
左右差=異常
でもありません。
大切なのは、
その左右差が症状や動作とどう関係しているのか
を見ることです。
【21|胸郭評価は「呼吸+動作」で見る】
僕なら胸郭を評価するとき、静止した状態だけで終わらせません。
まず、
①安静呼吸
胸郭のどこが動いているか。
上位胸郭優位か。
下位胸郭まで広がっているか。
腹部は動くか。
左右差はどうか。
②深呼吸
吸気でどこまで拡張するか。
呼気で戻るか。
頸部の補助呼吸筋を強く使っていないか。
③胸椎運動
屈曲。
伸展。
側屈。
回旋。
④上肢挙上
胸椎・肋骨・肩甲骨がどう連動するか。
⑤体幹回旋
左右で胸郭の動きがどう変わるか。
ここまで見ると、
「肋骨が硬い」という一言では説明できない情報
がかなり増えてきます。
【22|触診では「どこが動かないか」だけを探さない】
胸郭を触診するとき、
硬い場所探し
になってしまうことがあります。
しかし、もう一歩進めるなら、
どの方向へ動きにくいのか?
を見ます。
例えば下位胸郭なら、
吸気時に外側へ広がるか。
前方へ動くか。
後方はどうか。
左右差はあるか。
呼気で戻るか。
さらに、
その動きが体位によって変わるか
を見るのも重要です。
仰向け。
横向き。
座位。
立位。
体位が変わるだけでも呼吸運動は変化します。
【23|胸郭アプローチは「緩める」だけではない】
ここまで理解すると、
胸郭アプローチ=
肋間筋を緩める
だけではないことが分かります。
目的によって、
胸椎運動を引き出す
肋骨運動を誘導する
呼吸を利用する
横隔膜の活動を促す
肩甲帯運動と組み合わせる
体幹回旋と組み合わせる
など、さまざまな選択肢があります。
特に呼吸は非常に使いやすい刺激です。
セラピストがすべて動かすのではなく、
患者さん自身の吸気・呼気を利用して胸郭運動を再学習する
という考え方も重要です。
【24|「硬い場所」より「なぜそこに負担が集中したか?」】
例えば、
右の肋間部が硬い。
第1肋骨周囲が硬い。
胸椎が硬い。
横隔膜周囲が硬い。
こうした所見があったとします。
もちろん、その部位へ直接アプローチする選択肢もあります。
しかし、
「なぜそこが硬くなったのか?」
を考えることが大切です。
呼吸パターンなのか。
姿勢なのか。
胸椎運動なのか。
肩甲帯なのか。
疼痛回避なのか。
日常動作なのか。
単に硬い場所を緩めるだけでは、元の運動戦略が変わらなければ再び同じ部位へ負担が集中する可能性があります。
【25|胸郭アプローチ後は必ず「再評価」する】
施術後に、
「柔らかくなりました」
だけで終わらせないことも重要です。
最初に問題があった動作をもう一度確認します。
例えば、
深呼吸
頸部回旋
肩関節挙上
胸椎回旋
体幹側屈
歩行
などです。
そこで、
「可動域が増えた」
「呼吸がしやすくなった」
「痛みが変化した」
「動作がスムーズになった」
のであれば、介入した胸郭がその症状・動作に関係していた可能性を考えることができます。
つまり、
評価 → 仮説 → アプローチ → 再評価
です。
胸郭でもこの基本は変わりません。
【26|胸郭を「一つのシステム」として見る】
胸郭アプローチで大切なのは、
肋骨だけを見ないこと
です。
胸郭は、
胸椎
↕
肋骨
↕
胸骨
↕
横隔膜
↕
腹壁・腰椎・骨盤
という上下の関係があります。
さらに、
頸椎
↕
斜角筋
↕
第1・2肋骨
という上方へのつながり。
そして、
胸郭
↔
肩甲骨
↔
上肢
という関係もあります。
つまり胸郭は、
呼吸・体幹・頸部・肩甲帯・上肢をつなぐ「中継地点」
として考えることができます。
これが、胸郭を臨床で見る面白さだと思います。
【まとめ|肋骨を緩める前に「胸郭全体」を見る】
今回は、
胸郭アプローチ
について解剖学から深掘りしました。
胸郭は単なる肋骨の集まりではありません。
12個の胸椎
12対の肋骨
胸骨
肋軟骨
によって骨格が作られ、
そこに、
肋骨頭関節
肋横突関節
胸肋関節
などが関係します。
さらに呼吸では、
横隔膜
肋間筋
斜角筋
胸鎖乳突筋などの補助呼吸筋
が状況に応じて関与します。
そして胸郭は、
頸椎・肩甲帯・腹壁・腰椎・骨盤
とも機能的につながっています。
だからこそ、
「胸郭が硬い」
↓
「肋骨を緩めよう」
だけでは足りないことがあります。
重要なのは、
なぜ胸郭が動いていないのか?
を考えること。
胸椎なのか。
肋椎関節周囲なのか。
呼吸戦略なのか。
横隔膜なのか。
頸部なのか。
肩甲帯なのか。
疼痛による防御なのか。
それを、
解剖学+呼吸+動作
から評価していきます。
そして、
評価
↓
仮説
↓
アプローチ
↓
再評価
を繰り返す。
胸郭は、
「硬いところを緩める対象」ではなく、呼吸と全身運動をつなぐシステム
として見る。
この視点を持つだけでも、胸郭アプローチの考え方は大きく変わってくると思います。
ALLアプローチ協会
代表 山口拓也
























