こんにちは。
ALLアプローチ協会の山口です。
臨床で肩こりや肩関節痛の患者さんをみていると、
「肩甲骨が硬い」
「肩甲骨が外に開いている」
「肩甲骨の内側が張っている」
と感じることは多いと思います。
そこで、
「肩甲骨周囲の筋肉を緩めよう」
「肩甲骨を剥がして動きを出そう」
と考えることもあるでしょう。
もちろん、肩甲骨周囲の軟部組織にアプローチすること自体が悪いわけではありません。
しかし、ここでセラピストとして考えておきたいことがあります。
それは、
肩甲骨の動きは、肩甲骨周囲の筋肉だけで決まっているわけではない
ということです。
肩甲骨は胸郭の上を滑るように動き、その運動には鎖骨、胸鎖関節、肩鎖関節、肋骨、胸椎、さらに上腕骨まで関係しています。
つまり、
「肩甲骨が動かない=肩甲骨周囲が硬い」
とは限りません。
今回は、肩甲骨を単独で見るのではなく、
肩甲胸郭・鎖骨・肋骨・胸椎・筋肉
という視点から、肩甲骨の動きを解剖学・運動学的に整理していきます。
【1|そもそも肩甲骨はどこにある?】
肩甲骨は、胸郭の後外側に位置する扁平な骨です。
安静位では一般的に、第2〜第7肋骨付近に位置します。
肩甲骨には、
- 肩峰
- 烏口突起
- 肩甲棘
- 上角
- 下角
- 内側縁
- 外側縁
- 関節窩
など、多くのランドマークがあります。
しかし臨床で重要なのは、これらを覚えることだけではありません。
大切なのは、
「肩甲骨は胸郭の上に乗っている」
という位置関係です。
肩甲骨の前面には肩甲下筋があり、そのさらに前方には前鋸筋が存在します。
そして前鋸筋の前方には肋骨があります。
つまり大まかには、
肩甲骨
↓
肩甲下筋
↓
前鋸筋
↓
胸郭
という位置関係になっています。
この構造によって、肩甲骨は胸郭表面を滑走するように動くことができます。
【2|「肩甲胸郭関節」は普通の関節ではない】
肩甲骨を勉強すると、
「肩甲胸郭関節」
という言葉が出てきます。
ただし、ここには注意が必要です。
肩甲胸郭関節は、肩関節や膝関節のような一般的な滑膜関節ではありません。
通常の滑膜関節には、
- 関節軟骨
- 関節包
- 関節腔
- 滑膜
などがあります。
一方、肩甲骨と胸郭の間には、そのような典型的な関節構造はありません。
そのため肩甲胸郭関節は、
機能的関節
として考えられています。
肩甲骨は胸郭の表面に適合しながら滑走し、その位置や運動は鎖骨を介して体幹とつながっています。
ここが非常に重要です。
つまり、
肩甲骨を直接動かしているように見えても、その運動の背景では胸鎖関節や肩鎖関節が必ず関与している
ということです。
【3|肩甲骨にはどんな動きがある?】
肩甲骨には主に、
- 挙上・下制
- 内転・外転
- 上方回旋・下方回旋
- 前傾・後傾
- 内旋・外旋
があります。
特に肩関節挙上で重要なのが、
上方回旋・後傾・外旋
です。
腕を上げるとき、上腕骨だけが動いているわけではありません。
上腕骨の挙上に伴って肩甲骨も運動し、関節窩の向きを変化させます。
この肩甲骨の運動によって、上腕骨頭と関節窩の位置関係を保ちながら、大きな肩関節運動を可能にしています。
そのため、
「肩甲骨がどれだけ動くか」だけでなく、「どの方向へ、どのタイミングで動くか」
を見ることが重要です。
【4|肩甲骨の動きは「鎖骨」なしでは考えられない】
ここは臨床で非常に重要なポイントです。
肩甲骨は胸郭の上にありますが、骨性には体幹へ直接連結していません。
上肢帯と体幹を骨性につないでいる重要な構造が、
鎖骨です。
鎖骨は、
胸骨
↓
胸鎖関節
↓
鎖骨
↓
肩鎖関節
↓
肩甲骨
という形で肩甲骨と体幹をつないでいます。
そのため、肩甲骨の動きを考えるときには、
胸鎖関節(SC関節)
と
肩鎖関節(AC関節)
を無視することができません。
腕を挙上すると、鎖骨には挙上や後退、長軸方向の後方回旋などが生じます。
同時に肩鎖関節でも運動が起こり、それらが組み合わさることで肩甲骨の上方回旋・後傾・外旋が可能になります。
つまり、
肩甲骨の可動性が低いからといって、原因が必ず肩甲骨周囲にあるとは限らない
ということです。
肩甲骨を何度施術しても動きが改善しにくい場合、
「鎖骨は正常に動いているか?」
という視点を持つことが大切です。
【5|肩甲骨の土台は「肋骨・胸郭」】
もう一つ忘れてはいけないのが、
胸郭です。
肩甲骨は平らな壁の上を動いているわけではありません。
胸郭という立体的な曲面の上を動いています。
つまり肩甲骨の位置や動きは、
胸郭の形状に影響されます。
例えば、
- 胸椎後弯の増大
- 胸郭の回旋
- 左右の肋骨形状の違い
- 呼吸に伴う胸郭運動の変化
などがあれば、肩甲骨が乗っている「土台」そのものが変化します。
その状態で肩甲骨だけを正常な位置へ戻そうとしても、再び元の位置へ戻ってしまう可能性があります。
臨床では、
「肩甲骨の位置が悪い」
ではなく、
「なぜ、その胸郭の上では肩甲骨がその位置になるのか?」
と考えることが重要です。
【6|呼吸でも肩甲骨の土台は変化する】
肩甲骨と胸郭を考えるなら、
呼吸
も無視できません。
吸気では胸郭が三次元的に拡張し、呼気では縮小します。
つまり肩甲骨が接している胸郭は、
呼吸のたびに形状を変化させています。
さらに呼吸には、
- 横隔膜
- 肋間筋
- 斜角筋
- 胸鎖乳突筋
- 胸郭周囲の筋群
などが関係します。
呼吸パターンが変化すれば、肋骨や胸郭の運動パターンも変化します。
その結果として肩甲骨の安静位や運動にも影響する可能性があります。
そのため肩甲骨の左右差がある患者さんでは、
肩甲骨だけでなく、左右の胸郭拡張や呼吸時の肋骨運動も確認する
という視点が役立ちます。
【7|前鋸筋と僧帽筋は「上方回旋」だけを作っているわけではない】
肩甲骨の運動で特に重要なのが、
前鋸筋と僧帽筋
です。
肩関節挙上では、前鋸筋と僧帽筋が協調することで肩甲骨の上方回旋に関与します。
ただし、
「前鋸筋=上方回旋」
だけで覚えてしまうと、臨床では不十分です。
前鋸筋は肩甲骨を胸郭へ保持しながら、外旋や後傾にも関与します。
僧帽筋も上部・中部・下部で線維方向が異なり、それぞれが協調して肩甲骨の位置を調整しています。
重要なのは、
単独の筋肉が肩甲骨を動かしているのではなく、複数の筋が力の方向を調整しながら肩甲骨をコントロールしている
ということです。
筋力があるか・ないかだけでなく、
「必要なタイミングで適切に働けているか」
を見る必要があります。
【8|肩甲上腕リズムを「2:1」だけで覚えない】
肩関節を勉強すると、
肩甲上腕リズム=2:1
と習った方も多いと思います。
つまり肩関節を180°挙上するとき、
上腕骨側:約120°
肩甲骨側:約60°
という考え方です。
これは肩関節運動を理解するための有用な目安ですが、実際の運動はそれほど単純ではありません。
肩甲骨と上腕骨の運動比率は、挙上角度、運動速度、負荷、個人差などによって変化します。
そのため、
「2:1から外れている=異常」
と単純に判断するのは注意が必要です。
臨床では数値だけではなく、
- 上腕骨頭の運動
- 肩甲骨の上方回旋
- 肩甲骨の後傾
- 肩甲骨の外旋
- 鎖骨の運動
- 胸郭の動き
を一連の運動として見ることが大切です。
【9|「肩甲骨が硬い」ときに見るべきポイント】
では実際に、
「この人、肩甲骨が動かないな」
と感じたとき、何を評価すればよいのでしょうか。
肩甲骨周囲の筋緊張だけで終わらせず、少なくとも次のような視点を持っておきましょう。
① 肩甲骨そのもの
安静位だけでなく、
上方回旋・後傾・外旋がどう起きているか
を確認します。
② 鎖骨
肩関節挙上に伴って、
胸鎖関節・肩鎖関節が適切に運動しているか
を確認します。
③ 胸椎
胸椎の伸展・回旋制限が、上肢挙上や肩甲骨運動に影響していないかを評価します。
④ 肋骨・胸郭
肩甲骨が乗っている土台として、
胸郭形状・左右差・呼吸時の拡張性
を確認します。
⑤ 筋機能
特に、
前鋸筋・僧帽筋群
が肩甲骨運動に合わせて協調しているかを見ます。
⑥ 上腕骨
肩甲骨だけでなく、上腕骨頭や肩甲上腕関節の運動制限がないかも確認します。
このように評価すると、
「肩甲骨が硬い」
という一つの現象から、かなり多くの仮説を立てることができます。
【10|肩甲骨を「剥がす」前に考えたいこと】
肩甲骨周囲への徒手的なアプローチによって、患者さんが、
「肩が軽くなった」
「腕が上がりやすくなった」
と感じることはあります。
しかし大切なのは、
「肩甲骨を剥がしたから良くなった」
という言葉だけで終わらせないことです。
何が変化したのでしょうか?
軟部組織の滑走性でしょうか。
筋緊張でしょうか。
疼痛でしょうか。
胸郭との位置関係でしょうか。
運動に対する恐怖や防御性でしょうか。
そして最も重要なのは、
なぜ最初に肩甲骨の動きが制限されていたのか?
を考えることです。
肩甲骨周囲へアプローチして一時的に動きが改善しても、
胸郭や鎖骨、胸椎、筋機能などに問題が残っていれば、再び同じ運動パターンへ戻る可能性があります。
だからこそ、
「硬い場所を緩める」から「なぜそこが硬くなったのかを評価する」へ
視点を変えていく必要があります。
【まとめ|肩甲骨は「肩甲骨だけ」で動いていない】
今回は、肩甲骨の動きを解剖学・運動学から解説しました。
最後に重要なポイントを整理します。
肩甲骨は胸郭上を滑走する機能的な関節を形成している。
そして肩甲骨の運動には、
鎖骨・胸鎖関節・肩鎖関節・胸椎・肋骨・胸郭・筋機能・上腕骨
などが関係しています。
だからこそ、
肩甲骨が動かない
↓
肩甲骨周囲が硬い
↓
肩甲骨を剥がす
という一直線の考え方だけでは不十分です。
臨床では、
肩甲骨が動かない
↓
なぜ動かない?
↓
鎖骨は?
胸郭は?
肋骨は?
胸椎は?
筋機能は?
上腕骨は?
と評価を広げていくことが重要です。
肩甲骨そのものを見ることはもちろん大切です。
しかし、
「肩甲骨を診るために、肩甲骨以外を見る」
この視点を持つことで、肩関節や肩甲帯の評価はさらに深くなっていきます。
ぜひ明日の臨床から、肩甲骨だけでなく、
「肩甲骨がどんな土台の上で、どのように動いているのか?」
という視点でも患者さんを評価してみてください。

























